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鉄道・バイクで旅をしたことが主な記事です。 いつかは、亜細亜(M党の政治屋が、大好きな特亜3国を除く)を回りたいです。 航空機だけは、なるべく使いたくありません。
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前回の続き
-----22日-----

天気予報が言っていたように、知覧(鹿児島県)は朝から雨だった。
安全を考えると今日のバイク旅は止めておこう。
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朝飯をいただく。
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朝からボリューム満点。それはさておき、連泊を申し込む。
 

墓参りをするため、街で花を買う。
墓参りを済ませた後、前から気になっていた墓地の横にある神社に行ってみた。

伊勢神社
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今は、参拝する人がいるのか…。
(この写真を親父に見せると、懐かしがっていた。)


徒歩で、知覧城の傍を歩いて”特攻平和会館”に行った。
バイクでは一瞬で通り過ぎてしまい何も思うことがないが、徒歩では途中の灯籠が何とも言えぬ哀愁を漂わせる。
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平和会館に到着。入館するのは14年ぶりです。前に来たときは余りにも辛くて、10分もたたずに出てしまいました。
映画ですが、”月光の夏”・”ホタル”・”俺は君のためにこそ 死にに行く”で有名になってしまった知覧ですが、自分も知覧の血が流れているので、今回は何を思っても真面目に読まなければ…、戦争時代の知覧を感じなければ…と覚悟を決めて入館しました。

入館するとすぐに「炎に包まれた特攻機から、隊員の魂を救い出す天女達の画」を見て、本当に辛くなりました。前に来たとき(22歳の頃)は、それを見てすぐ退館しました。
もう出たいという気分にもなりました。中学生の頃に来館したときは、感じることが出来なかった気分を22歳の頃に感じ、また30代半ばにして味わったが、目を背けてはいけない知覧の歴史ということで、見続ける。

写真に撮ってはいけない物ばかり。残留思念が籠もっていそうな物ばかり。

親戚や親父に聞いたことも納得できる、知覧の軍事施設跡の案内。
過去にSL230の故障した場所は副滑走路の場所でした。
あのときの故障は、「知覧をよく知れ!」という先祖や先達の意見だったのでしょう。
今回の雨も、見聞きするだけでは駄目だ。感覚で「知覧の過去をよく知れ!」という先祖や先達の意見なのでしょう…。今回、来ることが出来たのも縁だ。
じっくり見せていただいた。親父殿の実家付近は、基地防空隊員がいた場所だったらしい。おかげで、親父の話していた「グラマンの機銃掃射」の話もよく分かった。

特攻隊員の遺書を読んで回る。
天皇陛下や日本に対して残したわけではなく、自分の愛する家族に残した遺書が多かったと思う。
でも、何かを悟ったようなきれいな文字でした。

この方々がいてくれたおかげで、戦後の日本が無事に発展できたのだと思います。
最近の日本は、考え方がいろいろ出来てきたというか、恩知らずの人が増えたと言っていいのでしょうか?今昔、独自でのし上がったと思っている勘違いされた方々が多い気がします。先祖を敬い祭り、自分が此の地に居ることができることを感謝せねばなりません。

勇気を過去の人に分け与えていただいた気分を味わった。
しかし、平和会館を出ると…ギャップも味わった。
何処まで平和ボケなんだ?此の日本は?国民一人一人が、やがて来るかもしれない争乱に対処できるのだろうか?バスから降りてくる観光客を見て、そう思った。

普段、ツーリングでは絶対に食べないラーメンを食べる。
今回は、宿にバイクを置いての徒歩旅ですから…。
「隼ラーメン」に行った。
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遠くに原寸大模型の1式戦闘機が見える。
味は、豚骨系スープだが、あっさりしている。

そのあと、知覧ミュージアムに行き、昔の知覧の人たちのことを知ろうと入館した。
農業や祭りのことを知ることが出来た。



そのあと、徒歩で豊玉姫神社に行き参拝した。
幼き頃のかすかな記憶では、祖母に連れられて此処に来ていました。
紅葉がなかなかでした。雨が上がったので宿に戻る。

宿に戻ったので、ここからバイクだ。
「XR400mよ。起きろ。今から出かけるぞ。」
そうだ、開聞岳がよく見えるルートを走ろう。途中で、ナビが電力不足で息絶えた。
しかし、何度もシビックフェリオやSL230で走ったことがある道なので、迷うことはない。
番所鼻公園に到着。
日本を歩いて回った”伊能忠敬”が絶賛した場所らしい。
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確かに雨雲が去り、大隅半島の先端も見える。開聞岳も雲の帽子が取れかかっていた。これが晴れならば…。と悔やまれるが…。

次は枕崎に向かうつもりでいた…。
しかし、とあるトラックが横から出てきた。
対処可能の距離なので、のんびりやり過ごそうかと思った…。しかし、…。
「何じゃ、この臭いは。」と考えて頭の中で地図を展開。芋焼酎を作っている酒造屋がある場所じゃないか。あの臭いは芋焼酎の搾り粕か!
「回頭180度で高速離脱!」
侮りがたし、鹿児島県。危うくあの臭いで倒れるところだったぞ。

聖ヶ浦の駐車場で、しばらく時間を取って出発。
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聖ヶ浦は昔、”震洋”というベニヤ板の特攻艇の基地でした。
数年前、靖国神社の遊就館で、その存在を初めて知りました。
今も現存する自動車メーカー(T)が造ったトラック用エンジンと爆弾を積んだ、モーターボートが出撃するための基地でした。8月15日に終戦の日を迎えることが出来たため、特攻犠牲者も出ることがありませんでした。もし、米軍オリンピック作戦が開始されていたら、ここから出撃していったのでしょう。
鹿児島県に上陸されたら、間違いなく自分の両親は違う生き方(死に方)をしていて、間違いなく自分はこの世に生まれることはなかったのでしょう。
両親達だけに対し感謝するだけではなく、世の偶然に感謝すべきなのだろうな。



枕崎の火の神公園付近にある平和祈念展望台に行き、夕日を眺めながら日本のために奮戦して沈んでいった昔の戦士達を祈る。
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そこから宿に戻る際、バイクからナビへ供給する電気コードが断線していて、バッテリーも切れて、迷う…はずだったが…。

ナビなんぞよりも走行経験。勝手知ったる道。迷えといわれても迷わない。
もし迷ったら、前の車に追走してわかりやすい場所まで行くから。

何故か、鹿児島にバイクで行くと、バイクや身の回り品のトラブルが多い。
先祖が引き留めているのか…と思える。

宿に無事に戻って、焼酎を飲んで就寝。
こんな1日でした。

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前回の続き
-----11月21日-----

6時起床。PCで週間天気予報を確認する。翌日22日は雨のようだ。
明日は、明日だ。今日を楽しもう。
朝食を食べて宿を8時に出発。
福石観音に参拝してから、西九州自動車道佐世保みなとICの付近で、佐世保の港を眺める。
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やはり佐世保は軍港だなぁ。朝の引き締まった空気がよく合う。

佐世保みなとICから西九州自動車道を佐世保大塔ICまで、国道205号線(平戸街道)を東彼杵まで、長崎自動車道を諫早ICまで走り継ぐ。

ここから何処に行こうか少し迷った。長崎に向かい原爆関連の物も見たかった。
しかし、宿は鹿児島県南九州市(旧知覧町)に予約してあるので、時間的に無理がありそうだ。

結局、島原半島に行くことにした。
沖田畷古戦場には、バイクの免許を取った頃に行きたい場所だった。
島原半島で具雑煮という食べ物も気になった。
道と平行に走る島原鉄道の線路の雰囲気も良かった。
何というか、良い意味の古臭さがあるというか、表現が難しい…。
何時かはコップ酒を片手に島原鉄道(諫早-島原外港)の車窓を楽しんでみたいものだ。
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沖田畷古戦場に到着。本当にわかりにくい場所にある。

1582年、ここで龍造寺軍×有馬・島津連合軍が戦った場所です。
上手に龍造寺軍を不利な場所に誘い出せたのと戦に対する意気込みの違いで、有馬・島津連合軍が勝利しました。
此処で龍造寺隆信は討ち取られ、首級を取られました。
その首級は島津氏から龍造寺氏に返されますが、龍造寺氏側は受け取りを拒否したとか。よほど恨まれていた大名だったのでしょうか?

島原駅の駅舎は良かった。
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島原城の大手門のような感じで城と調和がとれていると思った。


島原港フェリーのりばに到着。
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乗船券を購入し、待合所を散策する。軽食は有っても具雑煮は無いか…。

熊本港からの高速フェリーが到着し、車両や人が降りていった。
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熊本港ゆき高速フェリーになり、バイクが最初の乗船。
船室を散策した後、外部デッキで出航を待つ。
しばらくすると出港。カモメが群れで飛来してくる。それにえさを投げて与える人。
のんびりとその光景を眺める。
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入港まで暇せずにすんだ。しかもそのカモメたちは、入港直前にすれ違ったフェリーに餌を求めて飛び去っていく。
(しっかり者のカモメ達だが、そのねぐらは何処にあるのだろうか?)

熊本港で下船。当初の予定では熊本インターから九州道を走るつもりだったが、松橋インターに変更。
松橋インターから九州道に入る。
鹿児島方面へ向かうとアップダウンがきつい。SAやPAに寄ったが、印象が残る飲食物がないので食べなかった。人吉付近はとても寒かったが、そのまま走り続ける。

桜島SAに到着。遅い昼飯(黒豚丼)を食べる。
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豚肉は柔らかい。掛かっているつゆも良かった。

給油しようと思ったが、GSは閉店していた。雨天装備品の確認をすると足りない物が。
次の姶良インターでいったん降りて、ガソリン給油してから姶良インターから再び九州道を走り、鹿児島インターで降りた。
国道3号線武岡トンネルで渋滞。1.6kmのトンネルの渋滞は辛かった。喉がおかしくなるし、頭はクラクラしてくる。すり抜けしようにも大型貨物車がいてすり抜け出来ない…。

そのトンネルを抜けると、鹿児島市街地。
バイク用品店の場所も思い出して、そこに行く。警察官がいた。そこのバイク用品店に立ち入る

シューズカバーを購入して、鹿児島市街地を渋滞しながら南下。

剰りにも渋滞がひどいので、指宿スカイライン(有料)を走る。
途中の展望所に寄って夕日を眺める。
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それから、知覧インターで降りた。

知覧の武家屋敷通り
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知覧に着くと何故かほっとする。
たぶん先祖達が待っていてくれたのだろう。先祖に恥じない生き方をしたいものだ。

宿にチェックインし、たまった洗濯物をコインランドリーで洗濯。待っている間に晩飯の調達にスーパーへ。
何かインパクトのある総菜はないか?鯉の刺身はないか?とスーパーを探したが無い。知覧の思い出は、鶏の刺身と祖母の捌いた鯉の刺身です。
鶏の刺身はあったが、5年前の鹿児島バイク旅で大変な目にあったので、自粛しています。
おにぎり・魚の総菜・サラダ・カップミニそば・酒類を購入して宿に戻り、洗濯物を取りに行く。
部屋の風呂は、温泉が出てくるのでカップ酒を持って入浴。贅沢な気分だ。

翌日は雨のようなので、一応「雨だったら、連泊できますか?」と尋ねてあった。
「いいですよ。」と返事があったので翌日の心配はない。

晴れの走るルートは決めていたが、雨の徒歩ルートは考えていなかった。
まあ、あの資料館には行ってみようか。


次は22~23日を書きます。

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11月19日~26日、九州方面バイク旅に出かけました。
-----11月19日-----
 
泉大津港より阪九フェリー「つくし」の2等指定A(シングル)で乗船。
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外部デッキから見る、神戸や明石海峡大橋の夜景は素晴らしかった。
晩飯は欲しい物を取ると、思ったより値段が高かった。


-----11月20日-----
新門司港に到着。
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門司港駅に寄ってから、高速道路や国道を使って耶馬溪へ。
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大分交通耶馬溪線の遺構(現・自転車道など)を見ながら、
峠を越えて日田インターから大分道・長崎道を走り、伊万里経由で”日本最西端の駅 たびら平戸口”に行った。そこで鉄な友人への土産を購入。駅前や駅構内をゆっくり見て回る。
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列車で一人旅をした約3年と殆ど変わっていなかった。

平戸大橋を渡り、平戸へ。昔の貿易港だったが、今は何となく寂しい。
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橋で本土とつながったために、港には活気が無くなったのだろうか…。

佐世保市を目指し南下。途中で白バイに併走される。緊張した。

佐世保に到着。まずは
海上自衛隊・佐世保史料館に寄った。
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最上階より佐世保の街を眺める。
佐世保の地は、自分の父方の祖父が工廠で、母方の祖父は軍で働いていた場所です。3年前に両親を連れて長崎・佐世保に来たのですが、親父が佐世保に来たときの感じが違いましたから。ある百貨店の一部は工廠の場所として提供されていたそうです。親父は、その百貨店に行きたかったのですが、百貨店は何処も一緒だろうと思って自分は行きたくなかった。

展示物を眺めてから出て、弓張岳にXR400mで上る。
なかなか楽しい道だった。

弓張岳展望所に到着。
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自分が取りたい場所の写真が撮れる場所は、カップル達に占領されていて、なかなか動かない。
割り込んで撮ってやろうかと思ったが…。S重工を撮りたいだけだ。撮って、親父の気分を味わってみようと思ったが、無理だった。

弓張岳を下りて、亀山八幡宮に参拝して御神籤を引いた。大吉だった。今日の旅行は良い旅行だったと言うことだろうな。
次は宿探し。と言っても、すでに予約はしてあるので場所を探すだけ。
途中GSに寄って、店員さんと少し話した。店員さんはCB400revoに乗っているらしい。「XR400モタード、初めて実物を見ました。」なんて店員さんに言われると喜んで良いのか悲しんで良いか、よく分からない気分になった。でもXR400モタードを知っていてくれただけでも、嬉しいなぁ。

宿に到着。
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此処の宿は旅行前に、佐世保の宿泊施設数件に電話して「バイクで行く」という条件を言って一番返事の良かった宿でした。

チェックインして部屋に到着し、佐世保の街をぶらぶらと散策。
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佐世保の老舗百貨店に行き、職場用の土産の発送をする。(毎回、鹿児島の土産物ばかりじゃ飽きるだろう)

佐世保駅にも行った。
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佐世保バーガーの冷凍物が有ったが、今回は辞めておこう。最近、自分が旅先での楽しみはスーパーマーケットの総菜コーナーです。
希に郷土料理を霞ませてしまうような、強烈な印象を与えてくれる総菜ありますのでそれを楽しみにスーパーマーケットに行きました。
九州地方限定のカップ麺と総菜や酒類を買って宿に戻った。

買った総菜や酒類を平らげて、PCでバイクのブログを更新してから就寝した。
鉄道旅では味わえない気分、十分に堪能できた2日間です。


---続く---
次回は、21日を書きます。

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思ったより早く目が覚めることが出来たので、8時に出発。目指す場所は、渋峠・碓氷峠・野辺山・韮崎でした。

長岡で心残りだったのは、山本五十六記念館に行かなかったこと。
地図に入っていない場所はさっさと抜けたかったので、長岡ICより、北陸道を走り米山SAで給油。
上越JCTより上信越道をはしり、途中のPAで休憩を摂って信州中野ICで降りて、渋峠を目指して走る。

初めて志賀高原の夏の風景を見た。今まで見た景色は冬の風景を2回見ましたが、夏の方が良いなぁ。

自分のスキーで泊まった場所は何処だろうと考えて探してみたが、全く分からない。夏と冬の表情が違いすぎる。
高度を増すたびに美しい風景に出会えて良いが、それと一緒に少しずつ涼しくなっていき、バイクの調子の悪さもスロットルを開くたびに伝わってくる。
自分は間違いなく体調不良になるだろう。バイクもキャブレターのOHをしてもらった方が良いかもと思ったが、よく考えたらXR400mってキャブなんだなぁ。だから標高の高いところは、苦手なのか。
渋峠のGSで給油し、群馬県側に走り続ける。
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こんな美しい景色、なんか吸い込まれそうだ。
都市部ばかり見ていると、駄目になりそうだ。最近の人工の風景(夜景)よりも、自然の風景。自然と調和した田舎の風景も良いと思います。
電飾で飾られた都市部の夜景やライトアップなんかクソクラエだ。
 
注意書きを見なかった自分が悪いのですが…。
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写真を撮っていると、硫黄の臭いで頭が痛くなってきました。

幾つかの有料道路を走るが、その都度料金所で小銭を払う行為は正直言うとバイク乗りには面倒くさい。何か考えられないのか?

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例えば、初めの料金所でルートを設定して、腕章に記録して料金所ごとにスタンプを押していくスタイルとかにできないのか?”当日限り有効&払戻不可&譲渡禁止&重複区間利用不可”にしたら、手間も省けるのになぁ。
軽井沢に進入。前日、”民主党の鳩山&小沢”が来た場所だ。
なんか渋滞で、奴らが吸った空気と同じ空気を吸うことにも腹が立ったので、抜け道をナビ画面で探して走った。

軽井沢駅に到着。
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旧信越本線の廃墟は1年前と同じで、草生し放題でした。
歴史がある物なのに、残念な気がしました。

碓氷峠に到着。
といっても石碑ですが…。
昨年、バスで通ったときに目星を付けていたので、すぐに判りました。
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道路は、回るゴムタイヤとアスファルト。線路は、回る鉄と鉄の線路。
しかも工事は、道路の方が楽だったかも。
線路は勾配ができるだけ小さく、しかも短距離で通す。技術者は苦労したと思いますよ。
なんか寂しい気持ちで、走っていると作業車用トンネルが見えたので、その前にバイクを止め、トンネルの向こうを見る。
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「トンネルの向こうには、昭和が見える」という感覚を味わった。
なんか、平成の日本よりも昭和の日本の方が、よく思えてきた。
明治・大正・昭和は、みんな一生懸命働いて国を盛り上げてきた。
しかし平成は、既存の物に頼り切って、そこから上がろうとしない時代にも思える。

煉瓦造りのアプト式時代の橋も見た。
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橋上に上がれるのはわかるが、過去の技術者の偉業を足で踏むのは…。
写真だけ撮って、去りました。

集落を通過し、横川駅に到着。
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「峠の釜飯」を入場料金払ってでも良いからホームで食べたかったなぁ。
峠は”碓氷峠”。釜は”機関車”。飯は召しで”呼ぶこと”。
良い名前の駅弁だよ。名前から当時の風景が浮かぶ。
長距離列車にEF62型・EF63型電気機関車が連結される停車時間を利用して、立ち売りの駅弁を乗客は買い求めたのだろうなぁ。
自分は、急ぐばかりの平成よりも緩急がある昭和が良いなぁ。

松井田妙義ICより上信越道を佐久ICまで走り、佐久IC付近の釜飯の支店で豚重を食べた。
豚重は良しとして、味噌汁が旨かった。
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佐久市街地で給油をし、野辺山に向かう。
鯉料理店の看板が気になったが、また次の機会にしよう。

高度を上げて曲がりくねった道を走り、真っ直ぐな道を走ると野辺山駅に到着。
昨年1月にハイブリッド気動車で来た場所だ。
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そのときに同行した、マニアの友人に土産を買う。

駅内のポスターが気になった。
何でも萌えキャラ化してしまう企業や団体が恐ろしい。

野辺山駅近くのSLの写真を撮ってから、JR最高地点の場所に行く。

JR最高地点の碑は列車旅で確認していたので分かったが、鉄道神社が分からない。
付近にあるとのことらしいので、バイクを降りてキョロキョロ見渡したら小さな社らしきモノがあったので確認できた。
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鉄道会社に入社したい鉄チャンの絵馬が多かった。
正直、この鉄チャンと変わってあげたいよ。
自分は仕方なしに鉄道会社に入社したのですが、本当は防衛関係に行きたかったのです。

絵馬の皆さんの希望が叶うよう祈ってから去った。

清里付近を通過。山を下り目指すは韮崎の宿。
地図では分からないものがあるだろう。職場への土産も買わなければなぁ。

韮崎市街地で軽く迷ったが、何とか宿に到着。
XR400mから荷物を下ろし、チェックインしてからフロントでビールを買って部屋に行った。8月19日(バイクの日)を書いたコメントの紙があった。何となく嬉しい気分になれた。
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一服しながら、缶ビールを飲みながら、LANケーブルに繋いだ小型PCで郷土料理を検索。
”ほうとう”が出てきた。予想したままだった。
何となく食べたくなったので、列車で甲府駅に行こうと韮崎駅に行った。
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後の面倒が無いよう土産を買っておこうと思ったが、駅内の店は全国発送をしていないようだ。

韮崎から中央本線の列車に乗って甲府駅へ。
渋滞知らずなので、車やバイクと違ってやたら早い。
(人身事故があれば、遅くなるかも…。)

甲府駅に到着。
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武田信玄公像を撮ってから、土産を物色しに駅ビルに戻って土産を探す。
職場用は洋菓子系が喜ばれるようなのでそれにした。自宅用は郷土料理の「ほうとう」にしました。
さて晩飯を食べに甲府駅前の飲食店をのぞいてみたが、金曜日だったためか酔っ払いが多かった。仕方がないので、立ち食い蕎麦を食べようと思ったが、ラッシュ時間帯のために人が多かった。そこもあきらめて、売店で缶ビールを買ってグビグビ飲んでから中央本線普通列車に乗って韮崎駅へ。

宿に戻って、宿の食堂で飯を食ってから翌日のプランを考える。
どうせ高速だから、間違えることはないだろう。
あすは、どんな方々とお会いできるか楽しみだ。

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朝3時半起床、準備をして4時45分に出発。
走りながら空が白くなっていく様子を見る。
「ああ、今日はいい天気になりそうだ。」って思ったが、旅先の天気も気になった。

名神道・八日市ICから多賀SAに寄って、米原JCTから北陸道を走る。賤ケ岳SAに寄ったらモーニングバイキングが気になった。しかし、港でも何か食べ物あるだろうと思って出発。後で恐ろしい思いをすることも知らず…。

気がつけば、時速ぬあわkm出ていたときだった。前方を走行しているトラックを抜こうと、トラックの背後に近づき空気抵抗を減らして加速中に、それはやってきた。
スロットルを回して加速していたが、急にエンジンブレーキがかかったような感覚。
急いで路側帯に停車。燃料コックを切り替えて、セルを回すがなかなかガソリンが回らない。
その横をビュンビュン通過していくトラックや自家用車。あれほど怖いものはないと思いました。
やっと走れるようになったので、80kmで巡行。敦賀ICで降りて市街地に入り、すぐにガソリンを給油。

1リットル=20.1kmって、燃費悪くなりすぎだ…。計算すると急ぐだけで35kmも走行可能距離を縮めてしまった。

敦賀港に到着。ここから新潟港まで、12時間30分の船旅。
燃えた重油の臭いがたまらなく、旅をする自分の心が騒ぐ。
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数週間前に通った越前海岸を見たい。東尋坊も海から見たい。海から能登半島を見たい。
出港まではまだまだ時間がある。
乗船手続きを済ませても時間はたっぷりある。パンフレットや掲示物、それと営業時間前のレストランのメニューを見る。
レストランのメニューを見ていたら、急に腹が減ってきた。
軽食コーナーのメニューを見ていても、何となくイマイチだなぁ。コーラを飲んで腹を満たす。

乗船開始時間が近づき、乗船準備をする。
メッシュジャケットでも夏の直射日光は辛い。しかもヘルメットを被るからなおさらだ…。

乗ったフェリーの名前は”ふぇりーあざれあ”。
乗船開始。バイクは自分が先頭だった。
滑って転倒したら、恥ずかしいな。と思いながら緊張してゆっくりと誘導員の指示に従って乗船。バイクから荷物を降ろしたら甲板作業員が慣れた手つきでバイクを縛る。
作業風景を見ていると何となく安心感が出てくる。ここから北海道に行くライダーのバイク達もこの作業員の方々にこうやって固定されて船で行ったんだな。
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それより驚いたのが、フェリー慣れした他のバイク乗り。
当たり前のように、ヘルメット置き場(ネット張り)にメットを縛って客室に向かう行動。
九州行きのフェリー(関西汽船・ダイヤモンドフェリー・宮崎カーフェリー)には、ヘルメット置き場は無かったぞ。

重い荷物を抱え、階段を上りフロントに向かう。
迷ったバイク乗りの方がいたので、「矢印の方向に向かうといいですよ。」とアドバイスだけした。早い!もう行ってしまった。
若いっていいなぁ…。とオジン染みたことを思った。

2等寝台の指定した場所が乗船券に書き込まれ、場所の説明をしてもらって自分のベットに行った。
寝台取ったのは、昼寝がしたかっただけ。

下船まで12時間あるので、缶ビールを買って外部甲板へ。
出航前だったが、何となくビールが旨い。
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ヘリコプターが離着陸できる最上階外部甲板って広いなぁ。田舎の盆踊りなら十分な広さだ。海風で櫓を建てることはできないが、太鼓鳴らしても大海原だから近所に迷惑はかからないし…。盆踊りあったら楽しそうだなぁ~と勝手に想像する。
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ビールを飲み終えたので、またビールを買いに自販機に行ったら出港時間になった。あわてて外部甲板へ行く。
舫いを外すのを見たかっただけですが…。
これが外れると何となく俗世間から別れられる気分を味わうことができるのです。
ああ、ビールうめぇ~。

港湾作業員や新日本海フェリーの方々も手を振って見送っている。
いいなぁ。こんなの。旅の気分をかき立てられるだけではなく、また利用したいなと思った。
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自分のよく知るK県S港は、それがありませんからね。
手を振って見送っているのは、乗船した人の家族だけ。
作業員は、舫いを外したらさっさと車で帰ってしまうし…。時間も夕方ですから、仕方がないかもしれませんが。
だからあの港は”さんふらわあ”が去ろうとしたときに大騒ぎをしたんだ。
K県S港の最寄りのスーパーで見た小学生の船の絵は太陽の絵が船に描かれていた。
あって当たり前の存在が、無くなろうとしたから大騒ぎをしたんだろうなぁ。
K県S港の次の候補地、M県M港のほうが高速道路が近くて便利だ。
M県M港に接岸するMカーフェリーは確かに便利だ。
自分は、K県S港に思い出と懐かしい味覚があって、乗り続けているのです。

出港すると左に原発半島、右に越前海岸。
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ボケーと右舷側(越前海岸)の海岸を缶ビール片手に眺める。
河野しおかぜライン~干飯崎~越前岬~東尋坊が見える。
海の上は渋滞がないので、さすがに速い。
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雄島が見えてから、ベッドにカメラを置いてレストランのランチバイキングに行った。
遅い時間に行ったから、良さそうな食い物がない。
ある程度、おかずと味噌汁と飯を取ってから、カレーも山盛りに取ってそれを食べる。
腹一杯になったので、ベッドに戻り昼寝をする。



---ZZZ---ZZZ---ZZZ---


目が覚めたのが、15時前でした。
下船時間まで8時間を切っている。もう酒は飲めないや。 
2等寝台のベッドにいても狭いだけだし、風呂に入ってから外部甲板で陸でものんびり眺めるか…。
風呂は「さんふらわあ きりしま&さつま」に比べても同じぐらいの大きさに思えた。

 
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後は行き交う船を見たり、夕日を眺めたりしてました。日没前ぐらいから後部甲板ではジンギスカンの焼肉をやっていた。食べたかったが、食べるとビールを飲みたくなるので止めた。
外部甲板を散策していると、前部外部甲板にたどり着くことができたので、入港時の写真を撮った。 
(シャッター速度16秒で撮ったのに、2人の作業員は全く動いていない。人を運ぶ仕事に誇りを持って、作業に当たっているのか。素晴らしい!!)
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新潟港下船時間は、定刻より50分早い21:40だった。
こんなこと分かれば、今日の宿は会津若松だったのになぁ。
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(そんなこと言っても、予言者じゃないから、分かるはずがない!そもそも、戊申の恨みがある薩摩人を泊めてくれる宿があるのか?)

新潟亀田ICから日東道に入り、いつの間にか北陸道に入っていた。ヘルメットのバイザーが無視でずいぶん汚れていたので、栄PAに寄って休憩&ヘルメットの汚れ取り。それが終わるとすぐに出発。

 
中之島見附ICで降り、国道と県道を走って長岡駅前のビジネスホテルに23:10に到着。
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チェックインを済まして、周辺を散策。駅前とコンビニに行きたかっただけでした。

IMG_20100819r.jpg
 
長岡という街は、夜でも賑やかな街というような感じを受けました。
飲み屋さん多いし、まっすぐ歩けない酔っ払いも多かった。
上越新幹線の影響なのでしょうか?

この日の晩飯
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寂しいなぁ。

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しかし、特亜には絶対に行きたくないですね。
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